トップ
戻る


藤田康邦(ふじた・やすくに)


状態 身上 登場 登場時年齢 生没 軍事 内政
独立勢力 独立 1551 40 1513−1555







北条家に降伏も・・・



武蔵国の豪族藤田氏当主。
関ヶ原の戦いの原因を作り出した上杉氏の家臣・藤田信吉の父に当たる。

はじめ山内上杉氏に仕え、 天神山城を守っていた。
しかし北条氏康の攻撃を受けて降伏し、その家臣となった。
このとき、氏康の子・北条氏邦に娘を娶らせ、藤田氏の家督を譲っている。
そして自らは用土城に居城を移し、用土氏を称した。名を重利から康邦(氏康の「康」と氏邦の「邦」)に改めたのもこの頃とされる。
1555年没。

なお、康邦には実子に重連・信吉がいたが、彼らは北条家にとっては邪魔者でしかなかったようである。
重連は沼田城城代に任じられたものの氏邦に毒殺され、弟信吉は武田勝頼に寝返っている。


トップ
戻る