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小田氏治(おだ・うじはる)


状態 身上 登場 登場時年齢 生没 軍事 内政
独立勢力 独立 1551 18 1534−1602







小田氏最後の当主



小田氏15代当主であり、最後の当主。
1548年に家督を相続。
しかし、河越夜戦の敗北等で小田氏は衰退。
南進を目指す佐竹氏の侵攻を受ける。
1555年、関東に出兵した長尾景虎に呼応して結城政勝領へ兵を進めるも敗退。
1556年には政勝の逆襲を受けて居城(小田城)を奪われた。
1557年の佐竹家、1558年の佐竹・多賀谷連合軍との合戦にも敗れる。

このため、1562年頃から北条氏康と手を結んで体勢を挽回しようとしたが、佐竹家の侵攻は激しく、またもや敗れた。
また、1564年の上杉・佐竹・宇都宮連合軍にも敗れている。
その後何度か小田城を奪い返すも、1569年の佐竹家との合戦に敗れてからは、小田城が氏治の居城になることはなかった。
これ以降、佐竹家に遂に敗れて降伏、以後は佐竹家の勢力となる。

しかし1590年、豊臣秀吉の小田原征伐に参加せず、佐竹家に反旗を翻す。
氏治は小田城奪還の兵を起こしたため、所領を全て没収され、大名としての小田家は滅亡した。
その後、氏治は娘が側室であった縁を頼って結城秀康の家臣となった。

1602年死去。



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